私は、母を介護することや死に目に会うことは望んでいないので、拒否する。自分なりによく考えて出した結論で、感情的になって仕返しの一環として、ではない。世間様から見て立派な娘などというものにはなれなくて構わない。どちらかというと仕返しをしないために離れたいと思っている。仕返しするエネルギーを他のことに使いたい。
母から私への働きかけは、全て私から見れば攻撃としか感じられない。近くにいて、母の自己欺瞞の手伝いを小出しに要求されるのは、いつ来るかわからない攻撃に備えているのと同じ状態なので、とても疲れるのだと思う。拒否するとムッとして睨みつけたり、話の途中で何処かへ行こうとしたりで、まともな議論が成立しないのだ。愚痴垂れ流して、それを私が黙って聞いていることはもうない、ということが母には認められないらしい。
私はある程度自尊心を回復したのかもしれない。なんでそんなサンドバッグを私がしなくてはならないのか?と思えるようになった。何しろ母は自分が変わるつもりは無いのだから、死という変化さえ、変わるつもりがないから逃げる、でやり過ごすつもりなのだから。予想外の、斜め上をいったものだなぁと呆れる。自覚症状がなく、疼痛もなく、食欲があるなら、逃げられると思ってしまうものなのだろうか?死ぬのだ、ということを実感できないのかもしれない。
私にはおそらく、馬鹿は死ぬまでには治るんじゃないか、という期待があったと思う。治らないこともあるし、自分が巻き込まれないようにした方がいいと思い始めている。祖父は遠くにいて死に目も会わず、悲しまずで済ませたのに、母にはそれなりに期待していたのだろう。人は変われる、と。
さて、先週母から手紙が届いた。未開封。母の感情垂れ流しの、芝居がかった粘着な文章が嫌いで開けたくないのだ。文字がベットリとまとわりついてくるような、遠回しの察してクレクレが本当に気持ち悪いのだ。
遠回しの攻撃、つまり母の操作や要求に従え、なのだと思うと開封できない。私は全てを攻撃ととっているし、そこは批判されるところであろうことは分かっている。攻撃されたからといって母の言いなりになることは無いのだから、それは過剰な反応…と言われるかもしれない。
しかし、母のそういうやり口には、もうすでにうんざりだ。ずっと前のことになるが、母に面と向かって「あんたのそのやり口にはもううんざりだ!」と言ったことがあったが、記憶から消去されているのだろう。
今週は母からの手紙を開封できるだろうか。余命宣告によって過去の行いがチャラになった、愚痴垂れ流してもいいんだ、と思っているのだろうか。面倒くさい。未開封で捨ててしまおうかと思っている。
母は余命宣告を受けても変わらないままでした。自分の人生の責任を転嫁したまま、死から逃げることはできないのに、逃げたまま一生を終わるつもりのようです。変わらない母は放っておいて、自分のインナーマザーをなんとかしようと思います。
2014年9月29日月曜日
2014年9月27日土曜日
女は笑顔で殴りあう マウンティング女子の実態,瀧波ユカリ 犬山紙子
今年の初めに出た本。テレビドラマでマウンティング女子について知っている方も多いかと思う。私はカウンセリングで紹介されるまで知らなかった。マウンティングをしあう相手は身近で接触可能な人間なので、これが友人との対人関係と思っている人は多いと思う。私はこれを友達とは思わないので、マウンティングしない人を見つけては友達ということにしてきた。当然数は少ないのだが、十分だと思っている。
どうにもこの本を読んでいる間、不快だった。避けたいという不快感だと思う。知りたくないという不快感かもしれない。エッセイなのだから、観察者バイアスがあって当然だし、それを排除する努力も、自覚も一切ないのだが、多分そこに恐怖を感じるのだと思う。内容がどうあれ、母のバイアスと同じと見なしてしまうのだと思う。
動物の行動学では同種でも生息環境の条件により群れの行動も、個体の行動も変わることがわかっている。決してマウンティング女子のような固着した執拗な行動ではない。むしろなぜ人間は個体の生存にも、群れや社会の発展にも貢献しない行動に血道を上げるのだろうか。序列化の基準はいかようにもバイアスをかけ放題であり、そのような序列には参加したくない人間もいるはずなのだが、どうも存在しないと思われているような気がする。それらが母の行動が理解できなかったこと、母にとって、私という存在がいないことにされているのを思い出させるのだと思う。
基本的にエッセイは読者が明確になっていて、それ以外の人たちに読まれるとは考えていないと思う。おそらく私は読者対象から外れているのだろう。しかし、多数派だと思っている人たちは、こう考えているのだということが分かったし、私の母も強烈なマウンティング女子なのだ。姉妹や友人に勝てず、娘に執拗にマウントしたのだと思う。動物の群れでこんな馬鹿な個体が観察されたことがあるのだろうか?寡聞にして知らない。少し動物行動学の本を読もうか、いや、行動科学の本を読むべきなのかもしれない。
どうにもこの本を読んでいる間、不快だった。避けたいという不快感だと思う。知りたくないという不快感かもしれない。エッセイなのだから、観察者バイアスがあって当然だし、それを排除する努力も、自覚も一切ないのだが、多分そこに恐怖を感じるのだと思う。内容がどうあれ、母のバイアスと同じと見なしてしまうのだと思う。
- 注:観察者バイアスとは観察者が見出すことを期待している行動を強調しすぎて、他の行動に気づかないという観察者が原因となる測定誤差。これを避けるため、医学では二重盲検法が取られている。また、観察者が行動を見てその意味を解釈しても、その行動をした本人にとっては何か別の意味がある場合、観察者バイアスが生じているとされる。
これまで動物の行動学に関する本は読んできたが、人間の行動学=行動科学の分野の本にはあまり興味が持てなかった。かなり前のものだが、鳥類や社会性昆虫に関するコンラート・ローレンツ、E.O.ウィルソンの著書や、類人猿ではダイアン・フォッシーやジェーン・グドール、今西錦司だろうか。動物関連のものを読んでいた。
この本は科学の専門書ではないエッセイなのだけれど、行動科学や、動物の群れの行動が本のなかで言及されており、それが私には誤解か、誤用と感じられるのだ。本能!で全てを正当化する人に対して感じる反感に最も近いと思う。動物もやってるから人間もやっても仕方ないなら、人間とは何なのだ?と思うのだ。そもそも本能ではなく学習により身につけた行動を、本能だ、動物だで正当化するのが人間のすることだろうか。
この本は科学の専門書ではないエッセイなのだけれど、行動科学や、動物の群れの行動が本のなかで言及されており、それが私には誤解か、誤用と感じられるのだ。本能!で全てを正当化する人に対して感じる反感に最も近いと思う。動物もやってるから人間もやっても仕方ないなら、人間とは何なのだ?と思うのだ。そもそも本能ではなく学習により身につけた行動を、本能だ、動物だで正当化するのが人間のすることだろうか。
動物の行動学では同種でも生息環境の条件により群れの行動も、個体の行動も変わることがわかっている。決してマウンティング女子のような固着した執拗な行動ではない。むしろなぜ人間は個体の生存にも、群れや社会の発展にも貢献しない行動に血道を上げるのだろうか。序列化の基準はいかようにもバイアスをかけ放題であり、そのような序列には参加したくない人間もいるはずなのだが、どうも存在しないと思われているような気がする。それらが母の行動が理解できなかったこと、母にとって、私という存在がいないことにされているのを思い出させるのだと思う。
基本的にエッセイは読者が明確になっていて、それ以外の人たちに読まれるとは考えていないと思う。おそらく私は読者対象から外れているのだろう。しかし、多数派だと思っている人たちは、こう考えているのだということが分かったし、私の母も強烈なマウンティング女子なのだ。姉妹や友人に勝てず、娘に執拗にマウントしたのだと思う。動物の群れでこんな馬鹿な個体が観察されたことがあるのだろうか?寡聞にして知らない。少し動物行動学の本を読もうか、いや、行動科学の本を読むべきなのかもしれない。
2014年9月21日日曜日
自己欺瞞
自分で自分の心をあざむくこと。自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること。
辞書ではこれが意味となっているようだが、知っている、とは限らないのではないだろうか。自分で自分の心を欺いたことを自分から隠すところまでを自己欺瞞というのではないだろうか。意識の上では「知らない」ことにして、無理なく正当化するのではないかと思う。意識の上か下かはものすごく重要だと思う。
自己欺瞞はしたと同時に自己欺瞞であることを隠され「正当な考え」とされるのだ。おそらく無理に正当化していることが意識の上にある人は、一人で自己欺瞞するであろう。他者の目からは無意識に隠そうとしているものがよく見えることを知っているから。
私と母の関係上での用法は
母の自己欺瞞に巻き込まれたと私は思っている。考えを持つことを許さず、母自身の考えを押し付ける相手だったのだろう。母にとって娘とは、他人との間ならモラハラか虐めとされることでも、やっていい相手だったのだろう。正当化しながらモラハラや虐めを続けられるのは好都合だったのだろう。
自分で自分を騙す母は、恐ろしかった。どんなひどいことでもできる。どんなに私を傷つけても、私以外にばれなければ、「私はやっていない」と思い込む。私は手足の様なもので、ひとりの人間ではない。他人だという感覚がないのだ。現実とは、私を除く他人からどう見えるかであって、どう見えるかコントロールすれば現実が克服できると思っているのだ。実際にやったことでも、やっていないと人に思わせられれば、「私はやっていない」ということになる。立派でなくても、他人に立派であると思わせられれば、「私は立派である」ことになる。
何一つ現実は克服できないが、自己欺瞞により、非現実的な理想化された母になっていた。周りは感謝してすべてを差し出すべきという、出来損ないの教祖様だった。他人は無理だから教祖様ではなく、母親になったのだろう。今では他人がどう思うかすら、自分の思い込みで決めている。まだ他人に言われたことに、激昂していた頃の方がマシだったのだろう。他人にすらどう感じるか決めさせなくなった母は、周りに距離を置かれる人になったと思う。とことん自己欺瞞する母はどんな死を迎えるのだろうか。自己欺瞞のなかに逃げ込んでも、死だけは正確に追ってくる。どこへも逃げられない。どんな風に死ぬかという死に方に選択の余地がたまにあるだけで、死なないという選択はない。
これまでに、自己欺瞞をやめ、自分自身の責任において選択し、自分のなかに何かを作る、という選択をする機会はあった。ささやかだし、大したものができないのが嫌で、本当は凄い自分という自己欺瞞を選んだのだろう。それはひとりでもできることであって、私を巻き込まないで欲しかった。凄いと錯覚するために私をこき下ろして、得たものではささやかにすら自分のなかを満たすことはできない。どれだけこき下ろしても満足しない母に、果てし無くこき下ろされ続ける人生。そんな人生を私に押し付ける人が母なのだと思いながら、欲求不満を漲らせる母に圧倒され続けていた私は、果たして本当に存在していたのだろうか?母にとっては間違いなく存在していない、存在を抹消されたものだ。この世でその惨めな、哀れな子の存在を認めることができるのは私だけだ。だから、母親のすることは私のためを思ってのことだと自己欺瞞することは、私にはできない。母の人生にとってよくないこと、責任転嫁や自己欺瞞のために私を利用したことは、決して許すことはできない。そんなことのために私は生きてきたのではない。自分はかわいそうだから、被害者だから、誰かから何かしてもらっても、誰かに八つ当たりしてもいいなどという自己欺瞞はひとりでやればいい。
私にとって自己欺瞞とは、やったら死ぬときに後悔することなのだと思う。やるならひとりで、誰の手も借りずにやることにする。
私と母の関係上での用法は
母の自己欺瞞に巻き込まれたと私は思っている。考えを持つことを許さず、母自身の考えを押し付ける相手だったのだろう。母にとって娘とは、他人との間ならモラハラか虐めとされることでも、やっていい相手だったのだろう。正当化しながらモラハラや虐めを続けられるのは好都合だったのだろう。
自分で自分を騙す母は、恐ろしかった。どんなひどいことでもできる。どんなに私を傷つけても、私以外にばれなければ、「私はやっていない」と思い込む。私は手足の様なもので、ひとりの人間ではない。他人だという感覚がないのだ。現実とは、私を除く他人からどう見えるかであって、どう見えるかコントロールすれば現実が克服できると思っているのだ。実際にやったことでも、やっていないと人に思わせられれば、「私はやっていない」ということになる。立派でなくても、他人に立派であると思わせられれば、「私は立派である」ことになる。
何一つ現実は克服できないが、自己欺瞞により、非現実的な理想化された母になっていた。周りは感謝してすべてを差し出すべきという、出来損ないの教祖様だった。他人は無理だから教祖様ではなく、母親になったのだろう。今では他人がどう思うかすら、自分の思い込みで決めている。まだ他人に言われたことに、激昂していた頃の方がマシだったのだろう。他人にすらどう感じるか決めさせなくなった母は、周りに距離を置かれる人になったと思う。とことん自己欺瞞する母はどんな死を迎えるのだろうか。自己欺瞞のなかに逃げ込んでも、死だけは正確に追ってくる。どこへも逃げられない。どんな風に死ぬかという死に方に選択の余地がたまにあるだけで、死なないという選択はない。
これまでに、自己欺瞞をやめ、自分自身の責任において選択し、自分のなかに何かを作る、という選択をする機会はあった。ささやかだし、大したものができないのが嫌で、本当は凄い自分という自己欺瞞を選んだのだろう。それはひとりでもできることであって、私を巻き込まないで欲しかった。凄いと錯覚するために私をこき下ろして、得たものではささやかにすら自分のなかを満たすことはできない。どれだけこき下ろしても満足しない母に、果てし無くこき下ろされ続ける人生。そんな人生を私に押し付ける人が母なのだと思いながら、欲求不満を漲らせる母に圧倒され続けていた私は、果たして本当に存在していたのだろうか?母にとっては間違いなく存在していない、存在を抹消されたものだ。この世でその惨めな、哀れな子の存在を認めることができるのは私だけだ。だから、母親のすることは私のためを思ってのことだと自己欺瞞することは、私にはできない。母の人生にとってよくないこと、責任転嫁や自己欺瞞のために私を利用したことは、決して許すことはできない。そんなことのために私は生きてきたのではない。自分はかわいそうだから、被害者だから、誰かから何かしてもらっても、誰かに八つ当たりしてもいいなどという自己欺瞞はひとりでやればいい。
私にとって自己欺瞞とは、やったら死ぬときに後悔することなのだと思う。やるならひとりで、誰の手も借りずにやることにする。
2014年9月19日金曜日
ジェノグラム
心理療法のためのプログラムはたくさんある。作品を作るような芸術系のもの、香りや運動、瞑想など感覚系のもの、宗教や哲学系のもの。
一番印象が強かったのは、ジェノグラムだ。取材系とでも言おうか。家系図を書くのだ、母方も父方も。かなり横に広い感じになる。縦長の直系のものが歴史の教科書からイメージされてしまうが、本来横広がりとなるものだ。兄弟の数の多い世代が上にいれば、かなりの横広がりである。
初めて描いたのは、15年ほど前のことだ。書き上げたとき、何かがカチッとはまったようだった。専門の方に見てもらい、数世代前からの流れや、関係の強い人間の間には線を引くなど、地図のようなものが出来上がった。等高線で高さが示されるように、関わり方も描かれるのだ。単なる血縁を示す図ではない。世代を渡って繰り返されたことや、自分に至る流れ、自分が今いる流れ、自分からの流れ、個人の問題と捉えられがちなメンタルヘルスの問題だけれど、大きな流れのなかで駒が似たような問題行動を繰り返していることがわかった。
私は結婚もせず、子も成さなかったので途切れる流れではあるのだが、あまり気にならないのは、ジェノグラム的には大勢血縁者がいることが影響している。そして、それがこのジェノグラムのなかではそれほど奇異なことではないと思ったからだ。
また機会があったら、母が死んだら再度描くかもしれない。
一番印象が強かったのは、ジェノグラムだ。取材系とでも言おうか。家系図を書くのだ、母方も父方も。かなり横に広い感じになる。縦長の直系のものが歴史の教科書からイメージされてしまうが、本来横広がりとなるものだ。兄弟の数の多い世代が上にいれば、かなりの横広がりである。
初めて描いたのは、15年ほど前のことだ。書き上げたとき、何かがカチッとはまったようだった。専門の方に見てもらい、数世代前からの流れや、関係の強い人間の間には線を引くなど、地図のようなものが出来上がった。等高線で高さが示されるように、関わり方も描かれるのだ。単なる血縁を示す図ではない。世代を渡って繰り返されたことや、自分に至る流れ、自分が今いる流れ、自分からの流れ、個人の問題と捉えられがちなメンタルヘルスの問題だけれど、大きな流れのなかで駒が似たような問題行動を繰り返していることがわかった。
私は結婚もせず、子も成さなかったので途切れる流れではあるのだが、あまり気にならないのは、ジェノグラム的には大勢血縁者がいることが影響している。そして、それがこのジェノグラムのなかではそれほど奇異なことではないと思ったからだ。
また機会があったら、母が死んだら再度描くかもしれない。
2014年9月17日水曜日
セス・アイボリーの21日,星野之宣
星野之宣のスターダストメモリーズという短編集のなかの一編。
この短編は、私が小説も含めて最も好きな短編の三つに入ると思う。漫画に限ればこれが一番である。電子書籍にもなっているので、ぜひお勧めしたい。スコラから出版されたものをもっているが、別の出版社から再販されているので、手に入りにくいものではない。がしかし、好きすぎるあまり、テキスト化してみた。絵での表現の方がもちろん良いが、13編中の1編だけのために購入する人はもともとファンで読んでいるはず。星野之宣って誰?な方のため、無謀にもテキスト化した。祖母〜母〜娘と女性だけのお話で、原作なしで男性に描けるとは驚きなのだ。ネタバレが嫌な方のため、別のページに上げておく。
→セス・アイボリーの21日のページへ移動
私がおまえだったら!という言葉は、私が母から非言語的にも言語的にも聞かされてきた言葉である。そしてこの短編のなかで、この言葉が主人公の口から出た時、涙が出たのだ。これまで母の口から出たその言葉、同じ意味で使われていたにもかかわらず、その言葉に対しては不快と拒絶しか持てなかったのだ。
その心情を理解できた、理解できたからこそ、泣けたんだと思う。ただ剥き出しの感情をぶつけられても、理解はできなかった。虚構のなかで、あり得ない設定のなかで表現されたものが私に理解をもたらしてくれたのだ。表紙も入れて24ページ、5分以内でよみ終わるものが。
何かに一矢報いたいと、私がおまえだったらという感情を直接ぶつけることはその相手に理解されることはない。それができるのは、それを仕事にしているプロだけだ。
感情を直接的に感じながら他者に提示する行動、それは攻撃だ。
感情を間接的に言語、画像、音楽などに変化させて提示する行動、それは表現だ。
相手に理解される可能性があるのは表現であり、攻撃ではない。理解を求めている相手が、攻撃により離れていくことは人間の不幸のなかでも、悲惨度の高いことだと思う。
攻撃を受けたとき、攻撃を見たとき、私はどこかで相手が理解を求めていることが分かったのだと思う。被害者の立場でありながら、理解できないという自責の念を感じてもいたのだ。よしんば理解をしても、攻撃してくる本人は、自分のしていることが攻撃であることにも、それには理由があることにも自分で気づいていない。自分が何かを欲求していることを知らないまま、誰かが欲求を満たしてくれることを望んでいるのだ。自分は何も要求などしていない、それが生じる前に誰かが読み取って要求を満たしてくれるから。これを達成してあげられなかった私は、自分の無力を自分で責めてしまうのだ。どんなに無茶な要求でも、対人関係によっては満たそうとしてしまうことがある。満たせなかったことに罪悪感を感じることがある。そのような対人関係は依存的としか言えないのだが。
母セス・アイボリーは今しか生きられなかった。過去も、未来も持てなかった。今、という瞬間しか生きられないセス・アイボリーの持っているのは、高純度の感情だ。本人が気づかないようにできるような低品質の感情ではないのだ。自分の感情を引き受けて、その一生を過ごしたセス・アイボリーは、その母にもその娘にも深く愛された存在だ。母と娘のなかにしか存在したことのないセス・アイボリーは純度の高い感情の結晶のようだ。物語を読んだ人の感情に、新たに結晶を形成する核となってくれるような気がする。
この短編は、私が小説も含めて最も好きな短編の三つに入ると思う。漫画に限ればこれが一番である。電子書籍にもなっているので、ぜひお勧めしたい。スコラから出版されたものをもっているが、別の出版社から再販されているので、手に入りにくいものではない。がしかし、好きすぎるあまり、テキスト化してみた。絵での表現の方がもちろん良いが、13編中の1編だけのために購入する人はもともとファンで読んでいるはず。星野之宣って誰?な方のため、無謀にもテキスト化した。祖母〜母〜娘と女性だけのお話で、原作なしで男性に描けるとは驚きなのだ。ネタバレが嫌な方のため、別のページに上げておく。
→セス・アイボリーの21日のページへ移動
私がおまえだったら!という言葉は、私が母から非言語的にも言語的にも聞かされてきた言葉である。そしてこの短編のなかで、この言葉が主人公の口から出た時、涙が出たのだ。これまで母の口から出たその言葉、同じ意味で使われていたにもかかわらず、その言葉に対しては不快と拒絶しか持てなかったのだ。
その心情を理解できた、理解できたからこそ、泣けたんだと思う。ただ剥き出しの感情をぶつけられても、理解はできなかった。虚構のなかで、あり得ない設定のなかで表現されたものが私に理解をもたらしてくれたのだ。表紙も入れて24ページ、5分以内でよみ終わるものが。
何かに一矢報いたいと、私がおまえだったらという感情を直接ぶつけることはその相手に理解されることはない。それができるのは、それを仕事にしているプロだけだ。
感情を直接的に感じながら他者に提示する行動、それは攻撃だ。
感情を間接的に言語、画像、音楽などに変化させて提示する行動、それは表現だ。
相手に理解される可能性があるのは表現であり、攻撃ではない。理解を求めている相手が、攻撃により離れていくことは人間の不幸のなかでも、悲惨度の高いことだと思う。
攻撃を受けたとき、攻撃を見たとき、私はどこかで相手が理解を求めていることが分かったのだと思う。被害者の立場でありながら、理解できないという自責の念を感じてもいたのだ。よしんば理解をしても、攻撃してくる本人は、自分のしていることが攻撃であることにも、それには理由があることにも自分で気づいていない。自分が何かを欲求していることを知らないまま、誰かが欲求を満たしてくれることを望んでいるのだ。自分は何も要求などしていない、それが生じる前に誰かが読み取って要求を満たしてくれるから。これを達成してあげられなかった私は、自分の無力を自分で責めてしまうのだ。どんなに無茶な要求でも、対人関係によっては満たそうとしてしまうことがある。満たせなかったことに罪悪感を感じることがある。そのような対人関係は依存的としか言えないのだが。
母セス・アイボリーは今しか生きられなかった。過去も、未来も持てなかった。今、という瞬間しか生きられないセス・アイボリーの持っているのは、高純度の感情だ。本人が気づかないようにできるような低品質の感情ではないのだ。自分の感情を引き受けて、その一生を過ごしたセス・アイボリーは、その母にもその娘にも深く愛された存在だ。母と娘のなかにしか存在したことのないセス・アイボリーは純度の高い感情の結晶のようだ。物語を読んだ人の感情に、新たに結晶を形成する核となってくれるような気がする。
生きている間になのか、死ぬ前なのか
死ぬ前にしたいことと生きている間にしたいことはよく似ていて違う。
死を前にして後悔していることが何か、ということは以前に投稿したが、これはしておけばよかった、実際にはしなかったことだ。
→死を前にした人が後悔していること
死ぬ前にしたいこととは、誰かに会いたいとか、これを食べたいとか、いい例が思い浮かばないけれど、その時になるまで分からないことなのかもしれない。すごくくだらないことや恥ずかしいことかもしれない。死ぬ前にしたいことは、そこに至る経緯によってはかなり違ったものになりそうだ。不確定な未来、というジャンルに入っていることなのだ。死が関わっているのに未来とは。自分の死を受け容れられないなら、死ぬ前にしておきたいことが何かわからないだろう。馬鹿は死ななきゃ治らないってこれだろうか。
私がしたいことの一つは、きっと何かを食べたいってことなんじゃないかと思う。多分甘い物…勿論それに合うお茶と。生きてる間にしておきたいことでもあるので、甘い物とお茶はしっかり頂いておこう。死ぬ前に何を食べるか決めるためには、いろいろ試しておかなくては。なんか楽しくなってきた。
時々は、生きている間にしたいことは何か考えながら生きようかと思う。それがちょっとなんだかな…と思うようなくだらないことでも、あまりご立派なことでなくても、他人を巻き込まないことであれば、やってみようと思う。ご立派なことなどこれまでしたことがない私は、大したことをするはずはない。ただ楽しいとか、綺麗とかが見つけられることをたくさんするのだ。
死を前にして後悔していることが何か、ということは以前に投稿したが、これはしておけばよかった、実際にはしなかったことだ。
→死を前にした人が後悔していること
死ぬ前にしたいこととは、誰かに会いたいとか、これを食べたいとか、いい例が思い浮かばないけれど、その時になるまで分からないことなのかもしれない。すごくくだらないことや恥ずかしいことかもしれない。死ぬ前にしたいことは、そこに至る経緯によってはかなり違ったものになりそうだ。不確定な未来、というジャンルに入っていることなのだ。死が関わっているのに未来とは。自分の死を受け容れられないなら、死ぬ前にしておきたいことが何かわからないだろう。馬鹿は死ななきゃ治らないってこれだろうか。
私がしたいことの一つは、きっと何かを食べたいってことなんじゃないかと思う。多分甘い物…勿論それに合うお茶と。生きてる間にしておきたいことでもあるので、甘い物とお茶はしっかり頂いておこう。死ぬ前に何を食べるか決めるためには、いろいろ試しておかなくては。なんか楽しくなってきた。
時々は、生きている間にしたいことは何か考えながら生きようかと思う。それがちょっとなんだかな…と思うようなくだらないことでも、あまりご立派なことでなくても、他人を巻き込まないことであれば、やってみようと思う。ご立派なことなどこれまでしたことがない私は、大したことをするはずはない。ただ楽しいとか、綺麗とかが見つけられることをたくさんするのだ。
2014年9月15日月曜日
このブログでやりたいこと
私がこのブログに投稿していることは、過ぎたことをいつまでも…と言われてしまうようなことだ。過去のことを蒸し返しても自分のためにはならない、許して乗り越え、前向きにならなくてはならない。それが正しいし、目指すべきとされて、従ってきたが、わからなくなった。本当に私のためか?違うだろう。
文句ぐらい言わせろー!
後から何を言っても変わらないなら、それこそ文句ぐらい好きに言いたい。誰かに変わって欲しいとも、過去を変えられるとも思っていない。何を言っても変わらないからこそ、安心して言いたいことが言えるのではないだろうか。
当時は、家族が崩壊しないように、何か言うことは無理だったが、今は言える。だから言う、碌なもんじゃなかったと。どんなに綺麗事言おうが、忘れたことにしようが、私はそこに居たし、覚えている。まともな家族ではなかった。誰がなんと言おうと私はそう思っている。
ブログに言いたいことを好きなように投稿して、ようやく沈澱していたものが浮き上がってきたように思う。重く沈んでいたものが攪拌されて動くようになったのは嬉しいことだ。沈澱物が言葉になってブログ上に出ていったかのようだ。引き続きシェイクに励もうと思う。
もう沈澱の重さに耐えるのは無理、かつ無意味だと思ってしまったら、この重い疲労感から逃れたいと思うようになった。何かの意味があると思っていたら、まだ沈澱させたままでいたかもしれない。動きづらさや生きにくさといったものが軽減されたら嬉しい。
変わることは難しいし、変わったという実感が持てないこともあるけれど、私は変わりたいと思っているのだ。自信や確信はあまり持てないのだけれど。
文句ぐらい言わせろー!
後から何を言っても変わらないなら、それこそ文句ぐらい好きに言いたい。誰かに変わって欲しいとも、過去を変えられるとも思っていない。何を言っても変わらないからこそ、安心して言いたいことが言えるのではないだろうか。
当時は、家族が崩壊しないように、何か言うことは無理だったが、今は言える。だから言う、碌なもんじゃなかったと。どんなに綺麗事言おうが、忘れたことにしようが、私はそこに居たし、覚えている。まともな家族ではなかった。誰がなんと言おうと私はそう思っている。
ブログに言いたいことを好きなように投稿して、ようやく沈澱していたものが浮き上がってきたように思う。重く沈んでいたものが攪拌されて動くようになったのは嬉しいことだ。沈澱物が言葉になってブログ上に出ていったかのようだ。引き続きシェイクに励もうと思う。
もう沈澱の重さに耐えるのは無理、かつ無意味だと思ってしまったら、この重い疲労感から逃れたいと思うようになった。何かの意味があると思っていたら、まだ沈澱させたままでいたかもしれない。動きづらさや生きにくさといったものが軽減されたら嬉しい。
変わることは難しいし、変わったという実感が持てないこともあるけれど、私は変わりたいと思っているのだ。自信や確信はあまり持てないのだけれど。
2014年9月14日日曜日
腰抜けの選択
母は病状はゆっくりと進行している。別の抗がん剤を使うために、今月再入院となった。現状は苦しさや痛みがなく、何をしても良いが、治療以外にやりたいことはないらしい。治らないことは明らかなのに、治療をしたら治ると思い込んでいたいのだろう。したいこともすべきことも自分にないことは気にならないようだ。
不老不死ではないのだから、いずれは死ぬのに準備はせず、逃げの一手。しかし死からは逃げられないし、これは変えられない。私が代わりに死ぬことはできない。こんなことは母との間では初めてだ。代わりに誰も死んであげられないのだから、母が自分で自分の死を引き受けるしかないのだ。これは異常事態だ。何かの達成ならば娘にやらせて、出来れば母のおかげ!出来なければ娘のせい!にすることも可能だったが、死だけはそれは不可能だ。
私はこれまで一度も、母が自分で何かをやり遂げるのを見たことがない。自分の死以上に自分のものと言えるものはないと思うし、努力せずに達成できることなのに、死はお気に召さないらしい。病気で可哀想な人を演じるのはいいが、現実で死ぬことになるのは何か都合が悪いのだろう。
自分の死にあたっても、何も考えない人は存在している。たとえ終末医療があっても、自分にとって尊厳のある死とはこれだ、と言えるものがなければ終末医療は役に立たない。終末医療も尊厳のある死も、自分で選び取るものだ。選択したという責任が伴うから、母には選択することができないのだろう。失敗すること、その責任を取ることを恐れて、何もやろうとしなかった母らしいと思う。しかし何も選択しなくても、死だけは確実に母のところへやってくる。それが私にはとても不思議に思える。
母は「選択をしない」という選択をしたのだろう。目前に死が迫っているというのに、腰抜けの選択しかできなかったのだ。「こう生きたい」も「こう死にたい」も持たない母は、治ると自己欺瞞し、治らないと責任転嫁して、死ぬまでを過ごすのだろう。
それを私は確認したいのだろうか。わざわざ見る価値があるのだろうか、これまでずっと見続けてきたのと同じことを。何かが腑に落ちたり、納得できたりするとは思えない。それができそうにないから、私は今、苦しいのではないだろうか。以下の前提で自分がどうしたいのか、落ち着いて考えようと思う。
・母は死を前にしてやっておきたいことはない。
・私という存在は母にとって無意味。
あまりにも貧しく、辛くて考えることすら嫌になる。選択をしないという腰抜けの選択をせず、これから私がどうするかを選ぶのだ。腹を括ることはいつも私にとって難しい。強くなりたい。
不老不死ではないのだから、いずれは死ぬのに準備はせず、逃げの一手。しかし死からは逃げられないし、これは変えられない。私が代わりに死ぬことはできない。こんなことは母との間では初めてだ。代わりに誰も死んであげられないのだから、母が自分で自分の死を引き受けるしかないのだ。これは異常事態だ。何かの達成ならば娘にやらせて、出来れば母のおかげ!出来なければ娘のせい!にすることも可能だったが、死だけはそれは不可能だ。
私はこれまで一度も、母が自分で何かをやり遂げるのを見たことがない。自分の死以上に自分のものと言えるものはないと思うし、努力せずに達成できることなのに、死はお気に召さないらしい。病気で可哀想な人を演じるのはいいが、現実で死ぬことになるのは何か都合が悪いのだろう。
自分の死にあたっても、何も考えない人は存在している。たとえ終末医療があっても、自分にとって尊厳のある死とはこれだ、と言えるものがなければ終末医療は役に立たない。終末医療も尊厳のある死も、自分で選び取るものだ。選択したという責任が伴うから、母には選択することができないのだろう。失敗すること、その責任を取ることを恐れて、何もやろうとしなかった母らしいと思う。しかし何も選択しなくても、死だけは確実に母のところへやってくる。それが私にはとても不思議に思える。
母は「選択をしない」という選択をしたのだろう。目前に死が迫っているというのに、腰抜けの選択しかできなかったのだ。「こう生きたい」も「こう死にたい」も持たない母は、治ると自己欺瞞し、治らないと責任転嫁して、死ぬまでを過ごすのだろう。
それを私は確認したいのだろうか。わざわざ見る価値があるのだろうか、これまでずっと見続けてきたのと同じことを。何かが腑に落ちたり、納得できたりするとは思えない。それができそうにないから、私は今、苦しいのではないだろうか。以下の前提で自分がどうしたいのか、落ち着いて考えようと思う。
・母は死を前にしてやっておきたいことはない。
・私という存在は母にとって無意味。
あまりにも貧しく、辛くて考えることすら嫌になる。選択をしないという腰抜けの選択をせず、これから私がどうするかを選ぶのだ。腹を括ることはいつも私にとって難しい。強くなりたい。
2014年9月9日火曜日
笑ったこと(げんふうけいさん)
知り合いの土星人が「地球人って幸せになろうとする努力をするより、『自分は幸せだ』と周りに思い込ませる努力をするよね。優秀になる努力をするより、『自分は優秀だ』と周りに思い込ませる努力をするよね。なんで?」と聞いてきたので「楽をしようとして損をするのが好きなんだ」と答えておきました。
以上、げんふうけい さんのサイトを読んでいて、笑ってしまった文章です。土星人と地球人の会話にありそうで、地球人のテケトーさと報告を受けた土星人たちのどよめきが浮かんで、声を上げて笑ってしまった。一人の部屋で。
本を読むだけの気力もなく、ネットの文章を読んでいるときに、笑ってしまう幸運に出くわす。きっとはたから見たら、可哀想…なのだろうけれど、私にとってはそういう日はいい日だ。決まってよく眠れる。誰かに共感してもらえたと思うと、安心するのだと思う。
楽をしようとして損をするのが好きな地球人を見て、謎に思う土星人とはいい友達になれそうな気がする。
以上、げんふうけい さんのサイトを読んでいて、笑ってしまった文章です。土星人と地球人の会話にありそうで、地球人のテケトーさと報告を受けた土星人たちのどよめきが浮かんで、声を上げて笑ってしまった。一人の部屋で。
本を読むだけの気力もなく、ネットの文章を読んでいるときに、笑ってしまう幸運に出くわす。きっとはたから見たら、可哀想…なのだろうけれど、私にとってはそういう日はいい日だ。決まってよく眠れる。誰かに共感してもらえたと思うと、安心するのだと思う。
楽をしようとして損をするのが好きな地球人を見て、謎に思う土星人とはいい友達になれそうな気がする。
住について
自分の安全のために最初に必要なもの、住むところ。私の部屋は、ある時突然、汚部屋になっていった。もちろん精神状態が反映されるので、荒れていたことはあったが、ゴミを部屋から全く出せなくなったのは、これが初めてだった。
ゴミの内容は、ジャンクフードの包装紙や、スーパーの見切り品のトレーなど、自己評価の低さを感じさせるものだった。自分の価値は、20%引きとか半額なのだとでもいうかのようだ。洗い物もせず、ゴミも出さず、夏は腐臭がしていたが、腐っている自分にはそれがお似合いだと思っていた。冷蔵庫の中には、温めればいいだけの状態にしてあった元味噌汁と、ひとつひとつ紙に包んで野菜室にしまわれた炭化した元野菜。ジップロックの中のハム。軽くなった卵。それらを片付けた時、難破船の冷蔵庫みたいだと思った。難破するまでちゃんと生活が営まれていたのに、突然乗組員がいなくなったようだった。ラップがかけられ、漏れ出すこともなく溶けていた元食料。容器と袋を出し、コバエの死骸を掃除したら、再度使える状態になった。匂いも残っていなかった。自分が突然セルフネグレクト状態に落ち込んでいたことがわかった。一年以上セルフネグレクトをして、ようやくゴミを捨てた時、寂しくて悲しくて泣いた。ゴミ袋の消えた場所を見て、なぜそんな喪失感を感じるのか解らなかった。
ゴミの内容は、ジャンクフードの包装紙や、スーパーの見切り品のトレーなど、自己評価の低さを感じさせるものだった。自分の価値は、20%引きとか半額なのだとでもいうかのようだ。洗い物もせず、ゴミも出さず、夏は腐臭がしていたが、腐っている自分にはそれがお似合いだと思っていた。冷蔵庫の中には、温めればいいだけの状態にしてあった元味噌汁と、ひとつひとつ紙に包んで野菜室にしまわれた炭化した元野菜。ジップロックの中のハム。軽くなった卵。それらを片付けた時、難破船の冷蔵庫みたいだと思った。難破するまでちゃんと生活が営まれていたのに、突然乗組員がいなくなったようだった。ラップがかけられ、漏れ出すこともなく溶けていた元食料。容器と袋を出し、コバエの死骸を掃除したら、再度使える状態になった。匂いも残っていなかった。自分が突然セルフネグレクト状態に落ち込んでいたことがわかった。一年以上セルフネグレクトをして、ようやくゴミを捨てた時、寂しくて悲しくて泣いた。ゴミ袋の消えた場所を見て、なぜそんな喪失感を感じるのか解らなかった。
ずっと私は努力してきたつもりだった。親からは保護的な環境を与えられなかったし、愛情ももらえなかった。どんなに努力しても、恩を着せられて見返りを要求される搾取要員でしかない。別の生き方があると思って、外に出て暮らした。親とは違う人たちもいたけれど、似たような人たちもいた。似たような人たちから、親と同じような取り扱いを受けることを拒否し、私を人間として扱ってくれる人を探していた。
私を人間扱いしてくれると思っていた面子の一人が、仕事中に私を罵倒した。仕事に手間取り、1〜2分ロスしたが仕事自体は完了した。私の技術を他の技術者と比較して落とし、怒鳴りつけた。私にとっては、メインにしている技術ではなく、条件によっては手間取ることもある準備のための技術。手間取ってもあまり自己否定しなかったので、なぜそこでそんなに落としてくるのか理解できなかった。怒鳴られながら、父親に見捨てられたときのことを思い出していた。相手に対する信頼が足下から崩れ、底なしの穴に落下していくような、無重力状態のような、掴むところも足がかりになるところもなく落下していくような気持ちだった。
その後、何度か口先だけの半ギレの謝罪をされ、改善することを条件にもう一度だけ仕事の依頼を受けた。逆らった罰なのか、他の技術者の後にされ、準備をするよう言われてから1時間以上待たされた。1〜2分待たされて切れた人間が、私を1時間以上待たせ、それを指摘しても何が問題なのか解らないようだった。謝れば済むと思っていることがよくわかったので着信拒否し、以降仕事は受けていない。
私は、仕事で関わる人たちと、まともな人間関係を築くことを諦めることにした。私は期待しすぎたのだ。異性との親密な関係を諦め、家族を諦め、仕事での信頼関係を諦めた。私にはもう何もない。もうどうでもいい。それが汚部屋になったと思う。
それでも汚部屋を掃除している人たちのブログを見て、少しづつ部屋を片付けてきた。ブログを読むことも対人関係の一つなのだろう。勝手に励まされ、ゴミを捨て、自分のために料理をしている。汚部屋に戻らずに済むのなら、対人関係なんて諦めてもいい。それはゴミのような対人関係だったのだ。
住がセルフケアの機能を維持していることは、私にとって対人関係以上に大切なんだと思う。
それでも汚部屋を掃除している人たちのブログを見て、少しづつ部屋を片付けてきた。ブログを読むことも対人関係の一つなのだろう。勝手に励まされ、ゴミを捨て、自分のために料理をしている。汚部屋に戻らずに済むのなら、対人関係なんて諦めてもいい。それはゴミのような対人関係だったのだ。
住がセルフケアの機能を維持していることは、私にとって対人関係以上に大切なんだと思う。
2014年9月7日日曜日
変質家族は存在する
母親のことを、一人で最前列で見たせいか、母が演じて見せたことを思い出して吐きそうになることがある。自分の言葉でかけなかったので、以下引用。
もともと自分に対する自信がない人なので、相手をおとしめることによって自分の価値を高めようとしたり、相手を見下すことによって、弱い自我を守ろうとします。ひとたび相手を一段下に見ると、自分の不安な気持ちをかくすために、強い口調になるなど感情的な態度をとります。
相手が現状を正しく認識したり、行動を起こしたりできないように変質的なコミュニケーションを使います。どんな形であっても、負けや失敗が恐ろしいからです。批評にも耐えられないので、たとえどんな手段を使っても、最後には自分が勝利者になったことにして、体面を取り繕おうとします。
引用終わり。
私は一体母親にとってなんだったのだろうか。どう思うかまで指図できる奴隷だろうか。娘自身の考えなど許さないのに、母を尊敬するよう強要して、私は尊敬されている!と本気で思っていたのだろうか。その貧しい人間関係からなにか得られたのだろうか。
この貧困は、撲滅できない。母が自分で選んだ貧困だからだ。私にできるのは、この貧困を引き継がないこと、自分自身の貧困を耐えることだけだ。貧しいから誰かから盗んで構わない、という考えを母は何処かでこっそり採用したのだろう。そしてそのことを自分身から隠すことも選んだ。
母には、相手をあやつって支配する、という形の人間関係しか作れない。
家族の弱みを見つけ、それを攻撃し、傷つけて自分の優位を確保する。
相手が悪い、自分が被害者だと信じ込んでいる母にとって、加害者に仕立て上げた家族を繰り返ししつこく攻撃することは、楽しいことなのだろう。
家族であっても、相手の自我が壊れるのを見ると、自分の力を感じられて嬉しいのだろう。
ただし何か力を得たように錯覚しているだけで、母自身の問題が解決することはない。
母の家族という集団が、変質して、お互いを大切にしあった家族とは全く違ったものになっていったのは当然の帰結だ。長年大切にしあってきた他家族がしていることを真似するよう未だに要求される。自発的に何かをすることを子供から奪い去っておいて、子供が自発的に自分のために何かをしないと不満に思うところは、全く変わらないのだ。間違いを指摘されても、決して認めることはない。誰の話も聞かない。過ちを認めることはなく、謝罪もしない。自分のやり方が不十分だったことを残念に思うくらいだろう。もっと徹底的に相手の自我を崩壊させておけばよかった…と。
家族を自分のいいように乱用して変質させ、死を前にして自分が得たものが不満だとしても、もう遅い。この変質家族の中で先に死ぬのは母だ。自分のために変質させた家族の中で、変質させた張本人が最初に死ぬのはなんとも皮肉だ。いやむしろ幸運か。
変質家族から自分が得たものだけを持って、死ねばいいと思う。自分の得たものが、他人が手にしているものより貧しいのは、夫が子供が何もしてくれないからだと責任転嫁しながら死ねばよいのだと思う。転嫁されても私に果たすべき責任などない。私の得たものを母に渡すことも不可能だ。私から繰り返し取り上げてきた母の手には、私から奪ったものは残っていない。私の大切だったものは奪われ、踏み躙られて空費されるだけで、母の自尊心にはならなかった。私にとって大切なものが、母によって空費されるのを見ているしかなかった。
ずっと思い出すことができなかったが、私の大切なものを私の目の前で踏み躙り、私に勝とうとする母が憎くて仕方なかった。殺してやりたかった。そして未来の私自身が、家族という密室内で起こったことをなかったことにして、母を許すことも許せないと思っていた。私の記憶すら、自分の都合のいいように操作できると思っている母が憎かった。家族だけしか信用できないんだ、世間は冷たい、恐ろしいと繰り返す母が、心底恐ろしかった。外の世界より恐ろしいのは私を閉じ込めようとする母だった。
こんなことをした母を、許すことなどできない。自分のしたことから逃げ続ける母を許すことはできない。死んでいようが生きていようが関係ない。死んだ後も、誰かに自分を被害者だと思わせ続けようとしている母は、死んでも他人の記憶のなかで責任転嫁をし続ける人間だ。それを許すことはできない。母親が誰かの耳に呪いを吹き込むことは止められないが、母の死んだ後も私は生きて、それらを見つけ次第片付けようと思う。私にできる分だけ。
私はよく母も誰も殺さなかったと思う。自分自身も含めて、殺意を人間に向けて殺してしまったことはまだない。母の死を望むことくらいは自分に許したいと思う。
もともと自分に対する自信がない人なので、相手をおとしめることによって自分の価値を高めようとしたり、相手を見下すことによって、弱い自我を守ろうとします。ひとたび相手を一段下に見ると、自分の不安な気持ちをかくすために、強い口調になるなど感情的な態度をとります。
相手が現状を正しく認識したり、行動を起こしたりできないように変質的なコミュニケーションを使います。どんな形であっても、負けや失敗が恐ろしいからです。批評にも耐えられないので、たとえどんな手段を使っても、最後には自分が勝利者になったことにして、体面を取り繕おうとします。
引用終わり。
私は一体母親にとってなんだったのだろうか。どう思うかまで指図できる奴隷だろうか。娘自身の考えなど許さないのに、母を尊敬するよう強要して、私は尊敬されている!と本気で思っていたのだろうか。その貧しい人間関係からなにか得られたのだろうか。
この貧困は、撲滅できない。母が自分で選んだ貧困だからだ。私にできるのは、この貧困を引き継がないこと、自分自身の貧困を耐えることだけだ。貧しいから誰かから盗んで構わない、という考えを母は何処かでこっそり採用したのだろう。そしてそのことを自分身から隠すことも選んだ。
母には、相手をあやつって支配する、という形の人間関係しか作れない。
家族の弱みを見つけ、それを攻撃し、傷つけて自分の優位を確保する。
相手が悪い、自分が被害者だと信じ込んでいる母にとって、加害者に仕立て上げた家族を繰り返ししつこく攻撃することは、楽しいことなのだろう。
家族であっても、相手の自我が壊れるのを見ると、自分の力を感じられて嬉しいのだろう。
ただし何か力を得たように錯覚しているだけで、母自身の問題が解決することはない。
母の家族という集団が、変質して、お互いを大切にしあった家族とは全く違ったものになっていったのは当然の帰結だ。長年大切にしあってきた他家族がしていることを真似するよう未だに要求される。自発的に何かをすることを子供から奪い去っておいて、子供が自発的に自分のために何かをしないと不満に思うところは、全く変わらないのだ。間違いを指摘されても、決して認めることはない。誰の話も聞かない。過ちを認めることはなく、謝罪もしない。自分のやり方が不十分だったことを残念に思うくらいだろう。もっと徹底的に相手の自我を崩壊させておけばよかった…と。
家族を自分のいいように乱用して変質させ、死を前にして自分が得たものが不満だとしても、もう遅い。この変質家族の中で先に死ぬのは母だ。自分のために変質させた家族の中で、変質させた張本人が最初に死ぬのはなんとも皮肉だ。いやむしろ幸運か。
変質家族から自分が得たものだけを持って、死ねばいいと思う。自分の得たものが、他人が手にしているものより貧しいのは、夫が子供が何もしてくれないからだと責任転嫁しながら死ねばよいのだと思う。転嫁されても私に果たすべき責任などない。私の得たものを母に渡すことも不可能だ。私から繰り返し取り上げてきた母の手には、私から奪ったものは残っていない。私の大切だったものは奪われ、踏み躙られて空費されるだけで、母の自尊心にはならなかった。私にとって大切なものが、母によって空費されるのを見ているしかなかった。
ずっと思い出すことができなかったが、私の大切なものを私の目の前で踏み躙り、私に勝とうとする母が憎くて仕方なかった。殺してやりたかった。そして未来の私自身が、家族という密室内で起こったことをなかったことにして、母を許すことも許せないと思っていた。私の記憶すら、自分の都合のいいように操作できると思っている母が憎かった。家族だけしか信用できないんだ、世間は冷たい、恐ろしいと繰り返す母が、心底恐ろしかった。外の世界より恐ろしいのは私を閉じ込めようとする母だった。
こんなことをした母を、許すことなどできない。自分のしたことから逃げ続ける母を許すことはできない。死んでいようが生きていようが関係ない。死んだ後も、誰かに自分を被害者だと思わせ続けようとしている母は、死んでも他人の記憶のなかで責任転嫁をし続ける人間だ。それを許すことはできない。母親が誰かの耳に呪いを吹き込むことは止められないが、母の死んだ後も私は生きて、それらを見つけ次第片付けようと思う。私にできる分だけ。
私はよく母も誰も殺さなかったと思う。自分自身も含めて、殺意を人間に向けて殺してしまったことはまだない。母の死を望むことくらいは自分に許したいと思う。
2014年9月5日金曜日
楽しむこと、自発的に遊ぶこと
私が楽しむと、母の機嫌が悪くなった。友人と楽しむことはもちろん私にとって喜びだったが、それは同時に母の不興を買うことだった。後から遊びに行ったことをなじられるのだ。行かせないわけではなかったのは、理解ある母という立場も欲しかったのだろう。後で嫌味をネチネチと言われ、次第に消極的になっていった。読書だけが楽しみとして残った。読書=勉強と思う母は、私が楽しんでいるのがわからなかったので、とても都合が良かった。現実から本の中に逃げ込んで、しばらく別世界にいることはその時だけとはいえ、解放だった。ときどき著者に蹴り出されるようなラストを味わったり、なんで知ってるの?と思うような文章を読んで、ゾクゾクするほど楽しかった。
自発的に遊ぶこと、時間を忘れ、没入することは楽しかった。楽しむために必要な、心の自由。母親は心の自由を持っていなかったから、私が心の自由を持つことを不快に思い、持たせまいとしたのだろう。母といると、母の苦しみを解らせるために、娘の私に苦しみを与えていることが判った。私はこんなひどい目にあったんだ!という話の後、決まって私に同じことをしたからだ。どれほど辛いか解らせたいからといって、母が祖母からされたことではないのに、私は母に仕返しされるのは理不尽だと思う。
しかしそんな事をしておきながら、
母のおかげで、娘の私はこんなに恵まれた人生を送れています!
と世間様に対して言わせたかったので、内では母の仕返しに苦しめられているのに、外では母親のおかげで恵まれた人生を送る娘を演じなければならなかった。こんな矛盾した要求は、いくら母親のためでも耐えられない。やればやるほど、母の仕返しと、世間にたいして恵まれた娘に見せかけるための演技指導が激しくなり、頭がおかしくなりそうだった。私の恵まれた娘演技に不満な母は、自由にさせてやったのに…この恩知らず!と長時間詰るようになっていった。(一人暮らしをはじめた直後、いかにも大切にされて育った感じだよね、とやっかみ交じりに同級生に言われたので、演技に問題はなかったと思われます)
今から考えると、よく怒りで誰かを殺傷したりしなかったものだと思う。ニュースで見る未成年の殺人者について、あ、同じだ、と思う人がたまにいたからだ。私は自分のことをものすごく罪深く、まるで罪そのものだと思っていた。そして罪そのものなのだから、罪悪感を感じることも許されないと思っていた。それは人間のすることであり、ゴミクズの私には罪悪感を感じる資格などない、と。悪そのものの私なのだから苦しむはずはないと思っていた。
自分で自分のことをおかしいと思い、精神科へ相談に行ってみたいと思ったのは高校生の頃だった。精神科医で、人気作家でもある人達の本を何冊か読んでみたが、具体的な治療については書かれていなかった。が、必ず名前が出てくる人がいた。その人の書いた物に従って治療は行われているらしかったので、高校の図書館にあるその人の全集を読み始めた。結果は最悪だった。もう死んだその人に、文句を言ってやりたいと思った。もしも精神科へ行ったら、その人の書いた事を盲目的に信じる、もっと質の悪い人達に会うことになるのだ。私はハードカバーのご立派なその本を力任せに閉じた。背表紙が立てた音がやたら耳障りで、本棚にぶち込むと、もう誰にも助けてはもらえない、自分でどうにかするしかないんだ…でも一人でどうしたらいいんだろう?と思った。そうはいっても、助けが何もなかったわけではなかった。理解している人、知っている人は何処かにいて、映画に紛れ込ませてあったり、芸術関連のものに慎重に隠されていた。癪に障ることだが、嘘を言っているとされた症例の記述こそが、私にとっては同じような目に会った人が存在していることの証明だった。
ちなみに私が高校生の間に、アリス・ミラーの「魂の殺人」は出版されていた。私が探していた本だった。しかし私にはそこまで辿り着く能力がなかった。辿り着いて読んでいたら、違う人生があったかもしれないと思う。人生でやり直したいことがあるとしたらこの本を読むことだ。高校生の時に、外部に助けを求めようと思った時に。
原家族は私にとって、どうしてもそこから逃げ出さなくてはならない、なんとかして合法的に、親が認めざるを得ない形で脱出すべきところだった。地元の大学には無い学科を志望して、進学を理由に一人暮らしを始めた。もちろん物理的距離をとったからといって、長期間の洗脳が簡単に解けるわけではなかったが、それ以上洗脳されることがなくなった。不幸が高尚&親が偉い、という教義のカルト洗脳集団のようなところだ。おそらく今も。母から離れていることが、私には必要なのだと思う。
奴隷が自由になり、好きなことを楽しみ、以前より幸せになったのを、母が見ないで済むように。
自発的に遊ぶこと、時間を忘れ、没入することは楽しかった。楽しむために必要な、心の自由。母親は心の自由を持っていなかったから、私が心の自由を持つことを不快に思い、持たせまいとしたのだろう。母といると、母の苦しみを解らせるために、娘の私に苦しみを与えていることが判った。私はこんなひどい目にあったんだ!という話の後、決まって私に同じことをしたからだ。どれほど辛いか解らせたいからといって、母が祖母からされたことではないのに、私は母に仕返しされるのは理不尽だと思う。
しかしそんな事をしておきながら、
母のおかげで、娘の私はこんなに恵まれた人生を送れています!
と世間様に対して言わせたかったので、内では母の仕返しに苦しめられているのに、外では母親のおかげで恵まれた人生を送る娘を演じなければならなかった。こんな矛盾した要求は、いくら母親のためでも耐えられない。やればやるほど、母の仕返しと、世間にたいして恵まれた娘に見せかけるための演技指導が激しくなり、頭がおかしくなりそうだった。私の恵まれた娘演技に不満な母は、自由にさせてやったのに…この恩知らず!と長時間詰るようになっていった。(一人暮らしをはじめた直後、いかにも大切にされて育った感じだよね、とやっかみ交じりに同級生に言われたので、演技に問題はなかったと思われます)
今から考えると、よく怒りで誰かを殺傷したりしなかったものだと思う。ニュースで見る未成年の殺人者について、あ、同じだ、と思う人がたまにいたからだ。私は自分のことをものすごく罪深く、まるで罪そのものだと思っていた。そして罪そのものなのだから、罪悪感を感じることも許されないと思っていた。それは人間のすることであり、ゴミクズの私には罪悪感を感じる資格などない、と。悪そのものの私なのだから苦しむはずはないと思っていた。
自分で自分のことをおかしいと思い、精神科へ相談に行ってみたいと思ったのは高校生の頃だった。精神科医で、人気作家でもある人達の本を何冊か読んでみたが、具体的な治療については書かれていなかった。が、必ず名前が出てくる人がいた。その人の書いた物に従って治療は行われているらしかったので、高校の図書館にあるその人の全集を読み始めた。結果は最悪だった。もう死んだその人に、文句を言ってやりたいと思った。もしも精神科へ行ったら、その人の書いた事を盲目的に信じる、もっと質の悪い人達に会うことになるのだ。私はハードカバーのご立派なその本を力任せに閉じた。背表紙が立てた音がやたら耳障りで、本棚にぶち込むと、もう誰にも助けてはもらえない、自分でどうにかするしかないんだ…でも一人でどうしたらいいんだろう?と思った。そうはいっても、助けが何もなかったわけではなかった。理解している人、知っている人は何処かにいて、映画に紛れ込ませてあったり、芸術関連のものに慎重に隠されていた。癪に障ることだが、嘘を言っているとされた症例の記述こそが、私にとっては同じような目に会った人が存在していることの証明だった。
ちなみに私が高校生の間に、アリス・ミラーの「魂の殺人」は出版されていた。私が探していた本だった。しかし私にはそこまで辿り着く能力がなかった。辿り着いて読んでいたら、違う人生があったかもしれないと思う。人生でやり直したいことがあるとしたらこの本を読むことだ。高校生の時に、外部に助けを求めようと思った時に。
原家族は私にとって、どうしてもそこから逃げ出さなくてはならない、なんとかして合法的に、親が認めざるを得ない形で脱出すべきところだった。地元の大学には無い学科を志望して、進学を理由に一人暮らしを始めた。もちろん物理的距離をとったからといって、長期間の洗脳が簡単に解けるわけではなかったが、それ以上洗脳されることがなくなった。不幸が高尚&親が偉い、という教義のカルト洗脳集団のようなところだ。おそらく今も。母から離れていることが、私には必要なのだと思う。
奴隷が自由になり、好きなことを楽しみ、以前より幸せになったのを、母が見ないで済むように。
2014年9月4日木曜日
死を前にした人が後悔していること
1・自分自身に忠実に生きればよかった。
2・あれほど一生懸命働かなくてもよかった。
3・もっと自分の気持ちを表す勇気を持てばよかった。
4・友人関係を続けておけばよかった。
5・自分をもっと幸せにしてあげればよかった。
終末医療に従事する医療関係者に、ホスピス利用者がどんなことを死を前にして後悔していたか質問したところ、これらが答えとして得られたそうだ。あれほど一生懸命働かなくてもよかったという気持ちがあるとは意外だった。満足ではなく、後悔を感じているとは。
私は仕事が意義を与えてくれる、と期待しているから逆の結果になることが意外なのだ。そもそもなぜそう思い込むようになったのかも覚えていない。仕事を得るために労力を注いだからだろうか。仕事に打ち込みたくて打ち込むのではなく、生きがいを期待して打ち込むことは、おそらく間違いだ。何かや誰かに期待してしまうことを自覚するのはけっこう難しい。ふと気がつくと、期待したり希望を持ったりしている。心貧しい人間だと認めるしかない。
母親の余命宣告にあたり、これまで読まなかった類いの文章を読むようになり、自分が死ぬことの準備をしたいと思うようになった。老前整理、体力の維持、これから先に起こる問題に対応するための情報収集…色々と取り組まなくてはならないことがわかった。老死するのは先のことだが、早めの急死でなかった場合、かなり多くの選択に迫られるだろう。死ぬのもかなり大変だ。
自分に忠実に、気持ちを表す勇気を持って生きること、については手帳に書いて見直すことにするが、対人関係と仕事は、あまり頑張りすぎずに生きたい。できれば対人関係からは撤退したいのが私の本心なのだろう。こんな私でも、対人関係の薄さを死ぬ間際に後悔するものだろうか?私が後悔することが何か、まだ想像がつかない。
2・あれほど一生懸命働かなくてもよかった。
3・もっと自分の気持ちを表す勇気を持てばよかった。
4・友人関係を続けておけばよかった。
5・自分をもっと幸せにしてあげればよかった。
終末医療に従事する医療関係者に、ホスピス利用者がどんなことを死を前にして後悔していたか質問したところ、これらが答えとして得られたそうだ。あれほど一生懸命働かなくてもよかったという気持ちがあるとは意外だった。満足ではなく、後悔を感じているとは。
私は仕事が意義を与えてくれる、と期待しているから逆の結果になることが意外なのだ。そもそもなぜそう思い込むようになったのかも覚えていない。仕事を得るために労力を注いだからだろうか。仕事に打ち込みたくて打ち込むのではなく、生きがいを期待して打ち込むことは、おそらく間違いだ。何かや誰かに期待してしまうことを自覚するのはけっこう難しい。ふと気がつくと、期待したり希望を持ったりしている。心貧しい人間だと認めるしかない。
母親の余命宣告にあたり、これまで読まなかった類いの文章を読むようになり、自分が死ぬことの準備をしたいと思うようになった。老前整理、体力の維持、これから先に起こる問題に対応するための情報収集…色々と取り組まなくてはならないことがわかった。老死するのは先のことだが、早めの急死でなかった場合、かなり多くの選択に迫られるだろう。死ぬのもかなり大変だ。
自分に忠実に、気持ちを表す勇気を持って生きること、については手帳に書いて見直すことにするが、対人関係と仕事は、あまり頑張りすぎずに生きたい。できれば対人関係からは撤退したいのが私の本心なのだろう。こんな私でも、対人関係の薄さを死ぬ間際に後悔するものだろうか?私が後悔することが何か、まだ想像がつかない。
2014年9月3日水曜日
衣について
私はまるで男子のようだった。運動し、日焼けもし、ショートカットで男物を着ていた。なんというか、典型的だったと思う。母親は私の体が女性的になってきたとき、嫌悪感も露わに、太ってる!肉がついてる…と忌々しそうに私の体を見て言った。まぁよくあることなのだが。
私が服装を変えるきっかけとなったのは、ある女の子を見てしまったことだ。体の線が全くわからない、サイズが大きすぎる服を着て、まるで女性らしさがない服装だった。メガネも似ている。自分自身を見せられたようだったこと、その服が却って自分の弱点を晒してしまっていることに強い衝撃を受けた。声をかけて、むしろ見つけられるから危険だよ、やめないと、と言えたらよかったが、動くことができなかった。それからはサイズの甘いものを着ないようになった。それでもスカートは履かず、パンツスタイルのみだが。
通院の付き添いで、たとえパンツでもスリムなものを着ていると、母には
「男の人の気を引きたいと思われるからやめなさい」と言われる。
唖然とした。ブルカでも着ろと?貧弱な体型に緩い服が合わないことすらわからないのか?気が狂ったのかと思ったが、おかしな思い込みが多いのは元々だった。女性でありながら、女性の服装のせいにする男性と同じ思考回路をしているのが気持ち悪かった。痴漢があの服は誘っているんだとか、触って欲しいんだとか、責任を転嫁するのと同じだった。男尊女卑の強い人だと思っていたが、そこまで男性の考え方を取り入れなくても…いや、「セクハラをする男性」の考えを取り入れなくても…。自分が女性であることをどう思っているのだろうか。
母は、私が上司にセクハラされて、苦しんで痩せたときも、そんなことで会社を辞める気?そんなの許さないから!だけ言い捨て、それ以降その問題は完全無視だった。何より優先なのは、いい勤め先に勤めている娘の母である自分自身だった。母にとって最優先事項は自分の立ち位置で、辛かろうが苦しかろうがその根拠を私が供給し続けるべきだと思っていたのだろう。だから、供給し続けるよう命令して、それで済ませたのだ。私は奴隷だったのだ、ご主人様に奉仕するための。
母からはまともな服飾関連の文化を伝達されなかったが、服のデザインをする人と知り合いになる機会に恵まれ、その人の服をかなり持つようになった。優雅に着てね!と彼女の服に対する情熱とイメージをたくさん一緒にもらった。服そのものが喜びの源で、他人からどう見られるかなどは考慮に入っていない。彼女が自分で選んだ布と裁断の独自性は、緊張感もあるが、布の肌触りが心地よく、それを着て活動することが想定された服だった。衣に関しては、彼女と友人達によって、母親の歪んだ思い込みの絡まない状態で楽しむことができるようになったと思う。何より都内に何年か住んで、そこに暮らす女性達を見て、自分のダサさを痛いほど味わったのが有効だったと思う。どんなに奇抜な格好でも、自分が好きだと思えば着ていいし、何をその人が素敵だと思っているかが提示されていて、地下鉄で観察するのが楽しかった。
母は、年と共に服に興味のない男性のようになっている。ジャケットでありさえすれば、デザインもサイズも無頓着で構わないという考えで、まともに鏡を見ていないんだろうな、とわかってしまうような。なんでそれを選ぶのか…と見る者を呆れさせる。それでも大量に服は持っているというありがちな状態。
服を抑圧の道具にした母親は、服に仕返しされているのだろう。
私が服装を変えるきっかけとなったのは、ある女の子を見てしまったことだ。体の線が全くわからない、サイズが大きすぎる服を着て、まるで女性らしさがない服装だった。メガネも似ている。自分自身を見せられたようだったこと、その服が却って自分の弱点を晒してしまっていることに強い衝撃を受けた。声をかけて、むしろ見つけられるから危険だよ、やめないと、と言えたらよかったが、動くことができなかった。それからはサイズの甘いものを着ないようになった。それでもスカートは履かず、パンツスタイルのみだが。
通院の付き添いで、たとえパンツでもスリムなものを着ていると、母には
「男の人の気を引きたいと思われるからやめなさい」と言われる。
唖然とした。ブルカでも着ろと?貧弱な体型に緩い服が合わないことすらわからないのか?気が狂ったのかと思ったが、おかしな思い込みが多いのは元々だった。女性でありながら、女性の服装のせいにする男性と同じ思考回路をしているのが気持ち悪かった。痴漢があの服は誘っているんだとか、触って欲しいんだとか、責任を転嫁するのと同じだった。男尊女卑の強い人だと思っていたが、そこまで男性の考え方を取り入れなくても…いや、「セクハラをする男性」の考えを取り入れなくても…。自分が女性であることをどう思っているのだろうか。
母は、私が上司にセクハラされて、苦しんで痩せたときも、そんなことで会社を辞める気?そんなの許さないから!だけ言い捨て、それ以降その問題は完全無視だった。何より優先なのは、いい勤め先に勤めている娘の母である自分自身だった。母にとって最優先事項は自分の立ち位置で、辛かろうが苦しかろうがその根拠を私が供給し続けるべきだと思っていたのだろう。だから、供給し続けるよう命令して、それで済ませたのだ。私は奴隷だったのだ、ご主人様に奉仕するための。
母からはまともな服飾関連の文化を伝達されなかったが、服のデザインをする人と知り合いになる機会に恵まれ、その人の服をかなり持つようになった。優雅に着てね!と彼女の服に対する情熱とイメージをたくさん一緒にもらった。服そのものが喜びの源で、他人からどう見られるかなどは考慮に入っていない。彼女が自分で選んだ布と裁断の独自性は、緊張感もあるが、布の肌触りが心地よく、それを着て活動することが想定された服だった。衣に関しては、彼女と友人達によって、母親の歪んだ思い込みの絡まない状態で楽しむことができるようになったと思う。何より都内に何年か住んで、そこに暮らす女性達を見て、自分のダサさを痛いほど味わったのが有効だったと思う。どんなに奇抜な格好でも、自分が好きだと思えば着ていいし、何をその人が素敵だと思っているかが提示されていて、地下鉄で観察するのが楽しかった。
母は、年と共に服に興味のない男性のようになっている。ジャケットでありさえすれば、デザインもサイズも無頓着で構わないという考えで、まともに鏡を見ていないんだろうな、とわかってしまうような。なんでそれを選ぶのか…と見る者を呆れさせる。それでも大量に服は持っているというありがちな状態。
服を抑圧の道具にした母親は、服に仕返しされているのだろう。
2014年9月2日火曜日
私が見た共依存者、母親
共依存は治療を受けるようになってから知った言葉。耐える女性は男性受けは良いが、その子供受けは最悪だと思う。私は共依存という言葉を知らない間は母を卑怯者だと思っていた。そして家の外にいる人は、それが解らず、騙されていることに気付かない間抜けだと思っていた。でも、母の卑怯さが他人にわかってしまうことは恥ずかしくて嫌だと思っていた。
共依存者は外部の人の前では当たり良く、感じの良い人を装う。
家族など内側の人には抑鬱的な自己を表現し、深いため息をつく。
外部の人のためにしてあげたことは、自分の体裁のためにやっていることなのに、家族のためだとし、その見返りを要求した。何かをしてあげた人から返してもらうのが、対等な人間関係だが、優位に立ちたがる母は、見返りを求めず黙ってしてあげる人を演じていた。外の人には遠慮し、その遠慮分は家族に対する要求に上乗せすればいいのだ。外面が良過ぎる、ご立派すぎる人を見かけると、家族はさぞ大変だろうな…と思う。
逃げられない家族はいいなりだ、その場を凌ぐため、褒めたり愚痴を聞いたり、罵られるがままになる。これを繰り返すのだが、ただの繰り返しでは済まなくなる。いつの間にか、私のおかげで周りの人生は成り立っている!という誇大妄想を語り始める。どうしてそうなるのか理解できなかった。母はむしろ負担で、重荷だったからだ。自分の欲求のため家族を疲弊させる人だと思っていた。
母を含む共依存の女性たちは、相手を自分に依存させ、自分に依存するものをコントロールすることに嗜癖する。共依存者のやっていることは、相手のためにと言いながら、自分の思いどおりに相手を操作することだ。操作される方の気持ちなど一顧だにしない。自分に依存する他者の欲求などどうでもいい。自分の欲求充足こそ最重要なのだ。自己犠牲に見せかけた支配。相手の生殺与奪権を握っていると勘違いし、自分こそが偉いのだと錯覚する。
「アタシが怒鳴りつけてやったから、アンタは勉強するようになったんだ!怠け者のアンタの成績がいいのは、このアタシのおかげなんだからね!」という言葉は母の口から私に向けて繰り返された。勉強している最中に、部屋に足音荒くやってきては、わめき散らした。母が満足して部屋から出て行くまで勉強に戻れなかった。怠けて勉強不足だったのは試験に不合格だった高校生の母だ。すなわち投影/自己紹介。
私を罵って心理的安定を図る人が自分の母親であることが辛かった。娘を使って自己愛を満たしている母の顔はとても醜かった。
幼い頃は、同じ人の顔が、世界で一番綺麗な顔に見えていたのに。
共依存者は外部の人の前では当たり良く、感じの良い人を装う。
家族など内側の人には抑鬱的な自己を表現し、深いため息をつく。
外部の人のためにしてあげたことは、自分の体裁のためにやっていることなのに、家族のためだとし、その見返りを要求した。何かをしてあげた人から返してもらうのが、対等な人間関係だが、優位に立ちたがる母は、見返りを求めず黙ってしてあげる人を演じていた。外の人には遠慮し、その遠慮分は家族に対する要求に上乗せすればいいのだ。外面が良過ぎる、ご立派すぎる人を見かけると、家族はさぞ大変だろうな…と思う。
逃げられない家族はいいなりだ、その場を凌ぐため、褒めたり愚痴を聞いたり、罵られるがままになる。これを繰り返すのだが、ただの繰り返しでは済まなくなる。いつの間にか、私のおかげで周りの人生は成り立っている!という誇大妄想を語り始める。どうしてそうなるのか理解できなかった。母はむしろ負担で、重荷だったからだ。自分の欲求のため家族を疲弊させる人だと思っていた。
母を含む共依存の女性たちは、相手を自分に依存させ、自分に依存するものをコントロールすることに嗜癖する。共依存者のやっていることは、相手のためにと言いながら、自分の思いどおりに相手を操作することだ。操作される方の気持ちなど一顧だにしない。自分に依存する他者の欲求などどうでもいい。自分の欲求充足こそ最重要なのだ。自己犠牲に見せかけた支配。相手の生殺与奪権を握っていると勘違いし、自分こそが偉いのだと錯覚する。
「アタシが怒鳴りつけてやったから、アンタは勉強するようになったんだ!怠け者のアンタの成績がいいのは、このアタシのおかげなんだからね!」という言葉は母の口から私に向けて繰り返された。勉強している最中に、部屋に足音荒くやってきては、わめき散らした。母が満足して部屋から出て行くまで勉強に戻れなかった。怠けて勉強不足だったのは試験に不合格だった高校生の母だ。すなわち投影/自己紹介。
私を罵って心理的安定を図る人が自分の母親であることが辛かった。娘を使って自己愛を満たしている母の顔はとても醜かった。
幼い頃は、同じ人の顔が、世界で一番綺麗な顔に見えていたのに。
2014年9月1日月曜日
投影/悪口は自己紹介
認めたくない自分の劣っている部分、それを相手に移して(映して)、まるで相手の欠点のように指摘し、非難し、自分がその欠点を持っていないことにする。そこに居合わせた第三者から見れば、誰かを矯正してあげているつもりが、自分の欠点を自分で紹介してしまっている失笑茶番劇にしか見えない。
投影して、欠点を非難することは、相手を負の感情を捨てるゴミ箱にしていることと同じ。自分の欠点は改善されることなくそのまま残り続ける。一時しのぎのため誰かに投影することを繰り返し、誰かをゴミ箱にしなくてはいられない人になる。内に向かって自己嫌悪となるはずのものが、外に向かって、教育の名を借りた他人を攻撃する悪口となる。
にちゃんねるの言語センスは凄いものがあると思う。人のことを言えないでしょ?とは実際に相手を目の前にしたら、恐ろしくて言えないと思う。自分を守ろうとして欠点を他人に押し付けたら、返す刀で、それ自己紹介だね☆なんて、モニター越しでなければ恐ろしくて言えない。悪口を言って、悦びにギラギラと顔を輝かせる人は、珍しくない。職場で家庭で学校で社交の場でよく見かけると思う。他人は変えられず、一緒に悪口を言っていたことにされるリスクを負わされ続けるしかないのか…?
私と母の関係上での用法は
ーーーここは趣向を変えて、私が新語を練習することにする。
母:本当に田舎の人って自分のみっともなさに気付いてなくて、常識がないのよね〜。
プ:それって自己紹介だね☆姉妹だから出身一緒でしょ?その服センス悪い、よくそんなの着てられるね
母:私の肺がん治せないくせに、医者のくせに!
プ:それって自己紹介だね☆私が闘病中甘ったれてるから治らないって言ったよね、自分が甘ったれてるから肺がん治せないんじゃない?精神的な甘えで病気になるって言ったんだから、自分の病気は精神力で治すんでしょ?偉そうに言ってたくせに治せないんだ。
母:私が肺がんになったのは孫がストレスを掛けたせいだ!
プ:それって自己紹介だね☆大したことできない大人しい子のしたことを針小棒大に言って、被害者ぶって、ストレスかけられたお芝居を熱演しすぎたんじゃないの?お芝居もやりすぎは禁物よね。それがストレスになって肺がんになったんじゃない?自分のせいだね。
こんな感じだろうか。できれば母と二人になるのは避けたい。私が誰にも言わないと見越して、自分の醜い部分を吐き出してくる。好都合なことに耳の遠くなった、貴女の夫にでも言っとくれ。
生きている限り、被害者ぶり続けるのだろう。それになんの意味があるのかわからない。もうじき死ぬのに、やりたいことは責任転嫁なのだろうか?
呼吸が苦しくなって話すことができなくなるまで続けるつもりだろうか…?
酸素がもったいねぇ。
投影して、欠点を非難することは、相手を負の感情を捨てるゴミ箱にしていることと同じ。自分の欠点は改善されることなくそのまま残り続ける。一時しのぎのため誰かに投影することを繰り返し、誰かをゴミ箱にしなくてはいられない人になる。内に向かって自己嫌悪となるはずのものが、外に向かって、教育の名を借りた他人を攻撃する悪口となる。
にちゃんねるの言語センスは凄いものがあると思う。人のことを言えないでしょ?とは実際に相手を目の前にしたら、恐ろしくて言えないと思う。自分を守ろうとして欠点を他人に押し付けたら、返す刀で、それ自己紹介だね☆なんて、モニター越しでなければ恐ろしくて言えない。悪口を言って、悦びにギラギラと顔を輝かせる人は、珍しくない。職場で家庭で学校で社交の場でよく見かけると思う。他人は変えられず、一緒に悪口を言っていたことにされるリスクを負わされ続けるしかないのか…?
私と母の関係上での用法は
ーーーここは趣向を変えて、私が新語を練習することにする。
母:本当に田舎の人って自分のみっともなさに気付いてなくて、常識がないのよね〜。
プ:それって自己紹介だね☆姉妹だから出身一緒でしょ?その服センス悪い、よくそんなの着てられるね
母:私の肺がん治せないくせに、医者のくせに!
プ:それって自己紹介だね☆私が闘病中甘ったれてるから治らないって言ったよね、自分が甘ったれてるから肺がん治せないんじゃない?精神的な甘えで病気になるって言ったんだから、自分の病気は精神力で治すんでしょ?偉そうに言ってたくせに治せないんだ。
母:私が肺がんになったのは孫がストレスを掛けたせいだ!
プ:それって自己紹介だね☆大したことできない大人しい子のしたことを針小棒大に言って、被害者ぶって、ストレスかけられたお芝居を熱演しすぎたんじゃないの?お芝居もやりすぎは禁物よね。それがストレスになって肺がんになったんじゃない?自分のせいだね。
こんな感じだろうか。できれば母と二人になるのは避けたい。私が誰にも言わないと見越して、自分の醜い部分を吐き出してくる。好都合なことに耳の遠くなった、貴女の夫にでも言っとくれ。
生きている限り、被害者ぶり続けるのだろう。それになんの意味があるのかわからない。もうじき死ぬのに、やりたいことは責任転嫁なのだろうか?
呼吸が苦しくなって話すことができなくなるまで続けるつもりだろうか…?
酸素がもったいねぇ。
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