私が楽しむと、母の機嫌が悪くなった。友人と楽しむことはもちろん私にとって喜びだったが、それは同時に母の不興を買うことだった。後から遊びに行ったことをなじられるのだ。行かせないわけではなかったのは、理解ある母という立場も欲しかったのだろう。後で嫌味をネチネチと言われ、次第に消極的になっていった。読書だけが楽しみとして残った。読書=勉強と思う母は、私が楽しんでいるのがわからなかったので、とても都合が良かった。現実から本の中に逃げ込んで、しばらく別世界にいることはその時だけとはいえ、解放だった。ときどき著者に蹴り出されるようなラストを味わったり、なんで知ってるの?と思うような文章を読んで、ゾクゾクするほど楽しかった。
自発的に遊ぶこと、時間を忘れ、没入することは楽しかった。楽しむために必要な、心の自由。母親は心の自由を持っていなかったから、私が心の自由を持つことを不快に思い、持たせまいとしたのだろう。母といると、母の苦しみを解らせるために、娘の私に苦しみを与えていることが判った。私はこんなひどい目にあったんだ!という話の後、決まって私に同じことをしたからだ。どれほど辛いか解らせたいからといって、母が祖母からされたことではないのに、私は母に仕返しされるのは理不尽だと思う。
しかしそんな事をしておきながら、
母のおかげで、娘の私はこんなに恵まれた人生を送れています!
と世間様に対して言わせたかったので、内では母の仕返しに苦しめられているのに、外では母親のおかげで恵まれた人生を送る娘を演じなければならなかった。こんな矛盾した要求は、いくら母親のためでも耐えられない。やればやるほど、母の仕返しと、世間にたいして恵まれた娘に見せかけるための演技指導が激しくなり、頭がおかしくなりそうだった。私の恵まれた娘演技に不満な母は、自由にさせてやったのに…この恩知らず!と長時間詰るようになっていった。(一人暮らしをはじめた直後、いかにも大切にされて育った感じだよね、とやっかみ交じりに同級生に言われたので、演技に問題はなかったと思われます)
今から考えると、よく怒りで誰かを殺傷したりしなかったものだと思う。ニュースで見る未成年の殺人者について、あ、同じだ、と思う人がたまにいたからだ。私は自分のことをものすごく罪深く、まるで罪そのものだと思っていた。そして罪そのものなのだから、罪悪感を感じることも許されないと思っていた。それは人間のすることであり、ゴミクズの私には罪悪感を感じる資格などない、と。悪そのものの私なのだから苦しむはずはないと思っていた。
自分で自分のことをおかしいと思い、精神科へ相談に行ってみたいと思ったのは高校生の頃だった。精神科医で、人気作家でもある人達の本を何冊か読んでみたが、具体的な治療については書かれていなかった。が、必ず名前が出てくる人がいた。その人の書いた物に従って治療は行われているらしかったので、高校の図書館にあるその人の全集を読み始めた。結果は最悪だった。もう死んだその人に、文句を言ってやりたいと思った。もしも精神科へ行ったら、その人の書いた事を盲目的に信じる、もっと質の悪い人達に会うことになるのだ。私はハードカバーのご立派なその本を力任せに閉じた。背表紙が立てた音がやたら耳障りで、本棚にぶち込むと、もう誰にも助けてはもらえない、自分でどうにかするしかないんだ…でも一人でどうしたらいいんだろう?と思った。そうはいっても、助けが何もなかったわけではなかった。理解している人、知っている人は何処かにいて、映画に紛れ込ませてあったり、芸術関連のものに慎重に隠されていた。癪に障ることだが、嘘を言っているとされた症例の記述こそが、私にとっては同じような目に会った人が存在していることの証明だった。
ちなみに私が高校生の間に、アリス・ミラーの「魂の殺人」は出版されていた。私が探していた本だった。しかし私にはそこまで辿り着く能力がなかった。辿り着いて読んでいたら、違う人生があったかもしれないと思う。人生でやり直したいことがあるとしたらこの本を読むことだ。高校生の時に、外部に助けを求めようと思った時に。
原家族は私にとって、どうしてもそこから逃げ出さなくてはならない、なんとかして合法的に、親が認めざるを得ない形で脱出すべきところだった。地元の大学には無い学科を志望して、進学を理由に一人暮らしを始めた。もちろん物理的距離をとったからといって、長期間の洗脳が簡単に解けるわけではなかったが、それ以上洗脳されることがなくなった。不幸が高尚&親が偉い、という教義のカルト洗脳集団のようなところだ。おそらく今も。母から離れていることが、私には必要なのだと思う。
奴隷が自由になり、好きなことを楽しみ、以前より幸せになったのを、母が見ないで済むように。
0 件のコメント:
コメントを投稿
アイメッセージのみ可。ユーメッセージ不要。言いっぱなし、聴きっぱなしのコメント欄です。返米御容赦!夜露疾駆