セス・アイボリーの21日


私の名はセス・アイボリー

所属は遺伝子工学班 星リンデンに不時着した

1日目
記録を開始する。私の乗っていた生命調査船リンクは原子炉の事故で爆発した。惑星リンデンに接近中、積んできた実験用種子が突然、成長し始め、原子炉の隣の加圧倉庫を破裂させたのだ。生存者は、たまたまシャトルの近くにいた私ひとり。シャトルも不時着の時、火災のために動力の大半と食料が失われた。リンデンの大気圏突入前に救難信号を発信したが、電波が最寄の中継点まで届くのに、地球時間で18日かかる。救援が来てくれるのは早くても、その3日後だろう。何かの役に立つようすべてをディスクに記録しておくつもりだ。これから21日間、私はこの惑星で生き延びていかなければならない。

2日目
惑星リンデンは地球型、大気は呼吸可能。植物の生育に適した気温。不時着した場所の近くで木の実を見つけた。可食か調べてみよう。シャトルの食料は失ったが、生物研究のための機器は無事だ。大型の捕食動物は見当たらない。この星の生物は生育が異常に速い。あらゆるものがみるみる成長していく、まるで何かに急き立てられているようだ。目が回りそう。

3日目
今日はずっと泣いていた…何てこと、たった2日で、私は10年は老化している!手は筋張り、目の下はたるみ、首には昨日までなかったシワができている。この世界では生物時計の進み方がひどく速いのかもしれない。細胞は急速に増え、急速に死んで行く。連星系のふたつの太陽から未知の放射線でも出ているのだろうか?本船の事故もその影響で種子が異常発育を、ああ、そんなことどうでもいい、21日たつ前に、私は老衰で死んでしまう‼︎

4日目
私は家を作らなければならない、小さな小さな家庭を……残されたシャトルの動力は、全部培養カプセルの維持にあてる。そして私は母親になるのだ。

5日目
私の体から取り出した卵…私の細胞…培養カプセルの維持のため、シャトルのカプセル以外の機能は停止させた。私は自力で生命維持をしなくてはならない。私の卵のために。

6日目
シャトルの外に居住スペースを作る。樹木型植物を利用して柱にし、シートをかけて防水する。雨をしのぐことがこれでできるだろう。シャトルのなかで動作しているのは培養カプセルだけ、私の卵は胚子に成長している。もうすぐ目ができて手足も分化する。球形の培養カプセルを抱きかかえて、この子が生まれてくるのを待っている。

7日目
食料を探し、見つけた川の水を汲む。樹木型植物は燃料としても使える。シャトルに積んであった大きめの容器は水甕。耐火性のある手頃な容器は足をつけて加熱調理ができるようにした。シートで囲っただけの私の家。私の胚子は胎児に育った。この星の生育速度なら、明日にはカプセルから出せる状態にまで発育する。明日、私の小さな家庭ができるのだ。

8日目
私の分身が誕生した!私の遺伝子を受け継ぐ、私自身のクローン。これが法律で禁止された行為だとは知っている。でも他にどんな方法があるだろう?私にできることは自殺以外にはこれしかなかったのだ。久しぶりの話し相手、なんて嬉しいことなのだろう、赤ん坊に際限なく話しかけている。過去のこと、両親、そして故郷のこと。ありとあらゆることを。私自身のすべてをこの子に伝えなくては。

9日目
私の子供の体の成長は速い。覚えなくてはならないことがいっぱいあるのに、どんどん育って行く。言葉、文字、宇宙、地球、たくさんのことを学ばなくては。眠っている間の睡眠学習で、ほとんどのことを学べるだろうけれど。
でも本当にこれでいいのだろうか。最小限のこと以外、何も伝えない方がこの子の苦しみを少なく済ませられるのではなかっただろうか?
でも、救援が21日目よりも前に着く可能性もある。通りかかった宇宙船が救難信号を傍受すれば、2週間ほどで来てくれるかもしれない。こうするしかないのだ。

10日目
なんと季節の移ろいが速いのだろう。私がこの星に来たのは、そう、10日前のことなのに、もう秋が来ている。木々は葉を落とし、足下に敷き詰められた落ち葉を踏んで食料を探し歩いている。

おちぼ  あかいみ  そら  くも

娘に教えていると、リンデンに来て初めて動物に会った。大きな耳と正面に並んでついたふたつの目。肉食なのだろうけれど、まだ幼く、警戒心がないのだろう。私と娘に近寄って来て、撫でることもできた。この星にもこんな動物がいたのか。集めた木の実を差し出すと、鋭い歯でカリカリと齧って、走り去っていった。娘は初めて見る動物を、かわいい、と言っていた。瞬く間に葉が落ちる、今のうちに娘のために木の実を集めなくては。私に残された時間はもうない。この子は、この子には……この子は私を許してくれるだろうか。


12日目
きのうママが死んだ。
私はひとりぼっちでこの世界に残された。
ママは泣いていた、そして、こう言った。
許しておくれ、哀れな子、可哀想な子、許して…って。
雪と風が強かったけれど、言いつけどおりママを火葬にした。

13日目
今日も雪が降って、あまり食べ物が見つけられない。

14日目
培養カプセルの準備をする。
明日を過ぎても救援がこない時は、やらなければならないことがある。

15日目
救援は来なかった。
私はママの言いつけに従って自分の卵のクローン培養を始めた。
救援が来なかった場合、こうしなければならないのだ。

16日目
カプセルのなかで、私の卵が育って行く。
このことの意味は私にだって理解できるようになった…。
ママがきっとそうしたように、カプセルを見つめて過ごした。

17日目
私の卵が赤ん坊になった。
でも、培養カプセルから出してからずっと泣いてばかり。
どうしていいかわからない。
圧縮学習でいろんなことを覚えなきゃいけないのに、泣いてばかり。
泣くんじゃないって言っても泣き止まない。
私だって同じことされたのに。
泣くんじゃないって言ってるのに泣いてばっかり!

18日目
おまえは助かる!21日たてば救援隊が来て、おまえは生きられる!
でも、私は!?ママ、私は!?
おまえをこの手で投げ捨ててやりたい。
赤ん坊のおまえを雪のなかに投げ捨ててやりたい。
私がおまえだったら!ああ 私がおまえだったら…私がおまえだったらっ!
ママ、なんのために私は生まれて来たの?
この子を育てるためだけ!?
私には過去もない、未来もない!
ただ何日間か生きるだけの一生なんて…
ひどい、ママ……ママ!


20日目
きのうママが死んだ。
雪のなかをママと木の芽をさがしていた。
いたんだ木の実はいやだから。
そうしたら大きなどうぶつがわたしに向かってきた。
おおきな耳とこっちを見ているふたつの目、口にはとがった歯。
ママがわたしをつきとばして、つえでどうぶつを叩いた。
どうぶつはママの手にかみつくと、いっしょにガケのしたに落ちていった。
かまれたときに手からはずれたママのディスクを家にもちかえった。
ママのママが1日目をきろくした。これからぜんぶ見る。

21日目
救援がリンデンに到着した。初めて見る船、母以外の人達。私の祖母の救難信号を受信して、私を助けに来てくれた。当然だけれど、彼らは私を祖母だと思っている。私も母も、祖母のクローンなのだ。私は祖母として帰還する。私はリンク号のただひとりの生存者なのだ。


私の名はセス・アイボリー

不時着してから21日目、私は惑星リンデンを離れた。


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